投資家ばじるの1億目指すクエスト

資産ゼロから2017年3千万。2020年4千万。2021年5千万。本気で億を目指す。

年収1億円の世界

ども、ばじるです。

YouTubeの年収チャンネルで社長の株本さんが年収1億円の実感について話していました。

年収1億もサラリーマンの延長。

消費する物を買う立場としては贅沢ができるけど、麻布の2-3億円のマンションは購入できない。

本当のお金持ちは消費じゃなくて作る立場。例えばお寿司が好きだからという理由で自分でお寿司屋を作ってしまう。

でも年収1億はそこまで出来ない。

物欲は満たされてしまいお金と関係ないスポーツとかに興味を持ち始める。

年収1億だから年収2億の人を尊敬するという事はあまりなくて、でもスポーツのプロとかは尊敬できるからそういう人を先生として指導を仰ぐことはとても新鮮。

今はゴルフに興味があるけど、やる気なくなったら(やりたい事は一通りやったし)何をしたらいいんだろう。という心配がある。

との事です。

年収1億でも手取りは6,000万強ですし、数億のものをおいそれとは買えないんですね。

ばじるも年収1億には程遠いですが、感覚的に共感する部分も多かったです。

結局、物凄い高い高級店の霜降りの焼き肉を食べても胃がもたれるし、松屋の焼き肉定食で十分美味しいし、近所のスーパーの特売ステーキも最高に美味しい。

寿司もリーズナブルでネタの良いお店を知っている。

海外旅行好きな人は世界中回ればいいけど、そんなに好きじゃない人にとっては苦痛だったりもする。

以前、ブランドのバッグを買おうかとも思ったけど、数十万円のブランドロゴが刻印されたバッグとか逆に悪趣味だなと思って買わなかった。

今では買わないけど、30万とかの値札見ても、買えなくはないけど別にいらないな。という感覚。
H&Mのシャツでも十分なんですよね。

凝ったデサインのブランドバッグは電車だと悪目立ちするし、悪いやつに狙われたり僻まれたりするかもしれない。

靴や鞄、時計は数万円のそこそこ良いものを身に着けてるけど、それで別にいいかなと思ってます。

富裕層同士で商談をしたり、ホームパーティーに参加するのならもう少し良い腕時計も必要かもしれませんが、

日本の超富裕層もグランドセイコー辺りで良いと考えていて、文字盤がおかしな腕時計とかではなく、主張せずにそれなりに良いものを身に着ける傾向があります。今ならアップルウォッチでもいいでしょう。

生まれた時からお金持ちの人は、普段からブランド品を愛用してるので逆にユニクロやH&M、街の寿司屋は違いが分かってキツイのかもしれません。

お金ってまずは生活手段として絶対的に必要という次元があって、社会問題になるのはすべてここ。

次に余裕のある生活がしたいという次元があって、

そこを超えると贅沢をしたいという次元になってしまって、

そもそも贅沢に興味ない人にとってはあまり意味がない。

それはまさにマス層、アッパーマス層、準富裕層~と置き換えられる。

お金があるから安く買えるものをわざわざ高く定価で買いたいとなるわけでもない。
やっぱりアマゾンの方が安いとか、これはメルカリでいいや。となる。

食料品だって2割引ならまとめて買おうとなるし、定価の時は辞めておこうとなる。

少し良い服を来て、たまに行く外食は少し良いレストランに行く、たまに欲しいものがあれば十万でも気にせずに買う。

その程度なら準富裕層や年収1千数百万くらいで達成できてしまう。

自分は初めの生きるという絶対的にお金が必要な次元でお金がなくて苦労したので、

その衝撃の強さでここまでハングリーに来たけど、お金は一定程度を超えると与えてくれる付加価値が薄まって、

1億でも2億でもそんなに変わらないし、そりゃ10億あれば嬉しいけど、貯金10万の時の貯金100万に対して感じる偉大さに比べれば、大して変わらない。

こういう感覚を感じられる事だけが庶民にとっての本当の意味の贅沢かもしれません。

家族や友人とかバランスの取れた食事とか、スポーツや健全な心や健康な身体、愛情や思いやりの方がよほど大切だ。

資産1億を超えるというのは分かりやすい物差しだけど、実際は準富裕層の5千万超えたら十分世界は変わる。

5千万☓7%で350万円の運用すれば収入が、労働年収に付加されれば十分ですよね。