ども、ばじるです。
世の中は賃上げですが、ばじるは賃下げになりそうです。
改めて自分が何故、億の資産を築き始めたかというと、低年収で会社が不安定でいつ消えるか、賃下げするかわからないからなんですよね。
こうなってくると身勝手に搾取を増やす政府に急に怒りが湧いてきます。
経営者や株主に搾取され、政府に会社の利益とサラリーの二重搾取され、株の利益を搾取して、消費税を搾取されて、
5重、6重の搾取を乗り越えて、やっとの思いで億を築いても、最終的には相続税で再び政治利権のお金配りに持っていかれます。
一方で、生まれながら富裕層の人のインスタを見てると、やがて子供や孫が生まれていて、
生まれた瞬間から高級マンションに住んで、高層階のプールで遊んで、デフォルトでリッツ・カールトンやパークハイアットに通う人生が始まっている。
子供が一人二人と増えて、毎日みんな笑顔で相変わらず家族や友人と美食や海外旅行を楽しんでいる。
貧乏から成り上がるには、このように仕組みに乗りきって代々子孫繁栄まで持って行けるかが鍵になる。
一代で終わって相続税持ってかれて終わる人は、
生きてる間も死んだ時もせっせと納税ご苦労さん!お陰でたらふく利権取れてみんなに分配出来たよ!バイバイ!アハハ!
と、歯車で終わってしまう。
そんな虚しさを感じます。
ただ一方で、一部の利権者を除けば、言う程不平等でもなかったり、搾取される一方で治安維持や司法警察の信頼、私有財産や人権の保護は他国に比べると高水準ですけどね。
例えば子供なしで50億稼いだ投資家がいたとしても、70歳くらいになると、
どうせ国庫に入るのかと虚しくなるし、
子供がいたらいたで、目の色変えて巨額の資産を心待ちにして努力しなかったらがっかりするでしょう。
伝統的富裕層は国家利権や土地利権をがっちりと押さえつつ、教育や一族繁栄のための資産教育をしっかりされる。
富裕層を見る時に、もっと冷静に見ると一代なのか代々なのかで全然違ってくるんですよねぇ。
一代富裕層というのは、例え豪勢な暮らしをしていても旅芸者みたいなもので、時代が生んだ徒花(あだばな)として終わる刹那的存在なのです。